FEATURE

宇宙と一体となる
―モードを超えたコシノジュンコのほとばしる芸術世界

「JUNKO KOSHINO コシノジュンコ 原点から現点」が、新潟県立万代島美術館にて2024年5月26日(日) まで開催

展覧会レポート

展示風景より 「対極」というコンセプトで発表された1980年代の作品は、本展の核となっている。
展示風景より 「対極」というコンセプトで発表された1980年代の作品は、本展の核となっている。

展覧会レポート 一覧に戻るFEATURE一覧に戻る

日本を代表するファッションデザイナーの1人、コシノジュンコ。1960年に新人デザイナーの登竜門「装苑賞」を史上最年少で受賞し、日本で第1号となるブティック「COLETTE(コレット)」をオープンさせる。1978年のパリコレクションへの参加をはじめ、世界各国でショーを開催し、今なおファッション界のフロントランナーとして活躍している。

そんな彼女のこれまでの軌跡を「JUNKO KOSHINO コシノジュンコ 原点から現点」と題して紹介する展覧会が、新潟県立万代島美術館で開催中だ。

美術館・展覧会情報サイト アートアジェンダ 展覧会情報
JUNKO KOSHINO コシノジュンコ 原点から現点
開催美術館:新潟県立万代島美術館
開催期間:2024年2月22日(木)〜5月26日(日)

コシノジュンコと新潟のつながり

展覧会は、プロローグとして新潟県見附市での活動の紹介で幕を開ける。大坂で生まれ育ち、デザイナーとして世界で活躍するコシノジュンコだが、実は新潟とも深い縁があるのだ。1992年、新商品開発を目的とした国と新潟県の補助事業として見附ニット工業協同組合とコシノが業務委託契約を結び、2002年までの約10年間、様々な形で交流を深めてきた。ショーや小中学生を対象にしたデザインコンテストなどを開催するほか、見附市立成人病センター病院(現市立病院)のユニフォームをデザイン、市のシンボルマークをデザインするなど、コシノのクリエイションが新鮮な驚きと歓びと共に町を彩ってきた。

展示風景
展示風景


「対極」- 宇宙と一体となる身体

本展の核となるのは、「対極」というコンセプトで発表された1980年代の作品だ。

展示風景
展示風景

「アール・フュチュール(未来の芸術)」と銘打った取り組みは、宇宙空間のすべてを表そうとする壮大なスケールで、「対極」というコンセプトはその核となる。自然、地球、宇宙全体といった“完全なる創造物”を象徴する「円」と、人間の思考や理論、合理性などを象徴する「角(四角)」という形の対比。あるいは、太陽や昼を表す「赤」と、月や夜を表す「黒」という色の対比。この2つの対比は、この世界に蔓延するあらゆる二項対立を象徴する。相反するものがぶつかることで生まれる共鳴、コシノはそこに、この世の万物の摂理を見出す。

展示風景
展示風景

「円と角」「赤と黒」の組み合わせによって作られたユニークな形のドレスは、赤と黒が表裏一体となって、ひだのように繰り返され、独特なシルエットとリズムを生む。決して互いの領域を犯すことのない赤と黒、円と角の強烈なコントラストによって緊張感が漂い、体の内側から熱くなるような、血液が沸騰するような感覚を覚えずにはいられない。「対極」は、理屈抜きに見る者の気持ちを昂らせる。
 
そのことをさらに強調するように、会場では、切溜(きりだめ)と呼ばれる漆器(もちろんその形は円と四角)がコシノのドレスと同じくらいの存在感でタワーのように飾られている。漆という素材が持つ品格、使わない時は小さい器を大きい器に重ねて収納する機能性(「重ねる、たたむ、折る」という日本的な精神性)は、コシノにとって「対極」のコンセプトを強固なものにする重要な要素なのだ。そこから着想を得て、円形のワイヤーを連ねて作られた、床まで届く独特な袖は折りたたんで通常の袖の長さにすることもできる。小さく収めることもできれば、大きく広がり圧倒的なパワーを放つ―1着のドレスの中で、まるで宇宙の誕生のようなダイナミズムが広がる。

展示風景
展示風景

「モード」を超える

その他、会場では世界各国で行ってきたショーの映像と共に、彼女の代表的なドレスが並ぶ。コシノのドレスは女性の美しさを引き出すだけにとどまらず、自然、もっと言えば宇宙全体との調和を目指す、壮大なスケールを感じさせる。そのデザインやショーの様子を見ると、自身のクリエイションを「流行」という言葉で消費されまいとする確固たる信念がほとばしる。次から次へと現れては消え、消えては現れる運命のファッションの世界に楔を打ちこむかのように、コシノは次々と独創的なドレスを生み出す。

展示風景
展示風景
展示風景
展示風景

小篠順子からコシノジュンコへ

世界を舞台に革新をしてきたコシノだが、その「原点」として高校生時代のデッサン画(女性のヌードデッザン)が展示されている。コシノのその後の活躍を知っている私たちにとっては、画家を目指して女性の裸体を描いていた少女が、その女性の身体を包むファッションの世界へと飛び込むという物語に感慨深さを覚える。

高校時代のデッサン画
高校時代のデッサン画
「装苑賞」を受賞した作品
「装苑賞」を受賞した作品

当初は画家を目指していたコシノだったが、高校2年の時に文化服装学院の顧問を務めていた原雅夫の助言でファッションデザイナーを志し、文化服装学園に進学する。ちなみに同学園の9期生となった彼女の同級生は、『KENZO』の高田賢三、『NICOLE』の松田光弘、『PINK HOUSE』の金子功、『MINE MAY』の北原明子と、日本を代表するデザイナーとなる顔ぶれで、コシノも含めて“花の9期生”と呼ばれている。

そして、新人デザイナーの登竜門である「装苑賞」を史上最年少で受賞。青のコートは裾に向ってタイトになる一方、袖はポンチョのように広がり、その対比によってエレガントなシルエットになっている。そのコートに合わせた帽子は、鮮やかな緑色がアクセントとなって全体の印象を引き締める。現代の私たちから見ても素敵だと感じる普遍的な美しさだ。芸術とファッションを愛する1人の少女・小篠順子が、デザイナー・コシノジュンコとなる、その第一歩の記念碑的作品だ。

60~70年代―狂騒の時代

展示風景
展示風景

その後、60年代に銀座に出店を果たすと、1966年に東京・青山でブティック「COLETTE(コレット)」をオープンさせる。これは日本におけるブティックの第1号となり、コシノはまさに日本の未来を切り拓いた。会場内のパネルに見られる「COLETTE」店内の様子や、そこに集う芸能関係者、文化人らの顔ぶれを見ると、日本の「狂騒の時代」はこの時代、この場所を指すのではないかと思わせる。誰も彼もがこの時代に酔い、騒ぎ、生きることを謳歌する中で、若きコシノは女王のごとく君臨する。

本展では当時の店の様子や、コシノが手掛けた衣装などがパネルで紹介されている。前半期の代表的なプロジェクトには、資生堂の雑誌『花椿』の表紙の衣装デザインや、モデルの山口小夜子を起用した化粧品ブランド「ベネフィーク」の広告衣装、そして1970年に開催された大阪万国博覧会のユニフォームが挙げられる。バイタリティ溢れるデザインによってコシノは一気に日本のモードの先駆者の1人となった。

大坂万国博覧会のユニフォームデザイン
大坂万国博覧会のユニフォームデザイン

コシノの現点―多彩なステージ衣装

ファッションショーだけが、コシノジュンコの舞台ではない。近年ではオペラやミュージカルなど舞台芸術の衣装を手掛けることも多い。中でも和太鼓エンターテインメント集団DRUM TAO(ドラム タオ)の衣裳を2012年より手掛けており、その数は2000点以上になるという。

DRUM TAOのステージ衣装
DRUM TAOのステージ衣装
DRUM TAOのステージ衣装
DRUM TAOのステージ衣装

ファッションショーで披露されるドレスとは異なり、パフォーマンスの妨げにならないための機能性と、鍛え抜かれた身体をより美しく見せる審美性の両立が重要となる。

さらに、日本の伝統芸能・美術とコラボレーションする機会も多い。2015年に京都国立博物館で開催された「琳派誕生400年記念 琳派 京を彩る」展において、「能とモード」というテーマでファッションショーを開催した。また、観世流の公演において『紅葉狩』の演目の舞台衣装なども手掛けている。

展示風景(琳派コレクション)
展示風景(琳派コレクション)
展示風景(コシノがデザインした能装束)
展示風景(コシノがデザインした能装束)

コシノのジャポニスムが反映された衣裳が並ぶこのランウェイの両側の壁には、近年コシノが描いた抽象画が飾られている。高校生の頃は油彩画を学んでいた少女がファッションの世界に飛びこみ、音楽、インテリア、舞台芸術、多彩なジャンルとの交流を深めながら世界を舞台に活動してきた。そんな彼女が再び筆を持つ。「原点から現点」と題された展覧会は、さらに「現点から原点」に回帰する。

展示風景(「影のコンポジション」シリーズ)
展示風景(「影のコンポジション」シリーズ)
展示風景(「緊張」シリーズ)
展示風景(「緊張」シリーズ)

コシノは時代に翻弄されない創造の核を軸に、「原点」と「現点」をらせんの様に循環しながら、10代の頃からの変わらぬ情熱の炎を燃やし続け、その宇宙を深化させ続けている。

美術館・展覧会情報サイト アートアジェンダ 美術館情報
新潟県立万代島美術館|The Niigata Bandaijima Art Museum
950-0078 新潟県新潟市中央区万代島5-1 朱鷺メッセ内 万代島ビル5階
開館時間:10:00〜18:00
休館日:月曜日 ※ただし3月25日、4月1日、4月29日、5月6日は開館

FEATURE一覧に戻る展覧会レポート 一覧に戻る

FEATURE一覧に戻る展覧会レポート 一覧に戻る